ただ純粋に、お客様の喜ぶ顔が見たい
埼玉県三郷市、江戸川沿いの街の一角に、使い勝手の良い洒落た家具をつくってくれると評判の木工職人がいます。幼少期からものづくりが大好きだったというその人は、「ゆき工房」の水上由貴さん。一般家庭から、店舗、事務所、クルマの中まで、どんな場所にもぴったり収まる家具を、たった一人でカタチにしてきました。2013年には、家具づくりの工程で出てくる大量の木片を再利用して制作した木製おもちゃ「おとぎの国の積木ちゃん」がグッド・トイに選定。子どもの感性と創造性を育むおもちゃとして、こちらも大きな反響を呼びました。
全国でも珍しい女性職人であることから、しばしばテレビや新聞で取り上げられることもある水上さんですが、本人としては自分の性別をそれほど意識してこなかったのだとか。ただ純粋に、お客様の喜ぶ顔が見たい。その想いひとつで今までやってきたといいます。
好きなことなら、何とかなる!
もともとは大手キッチンメーカーに勤めていた水上さん。社内で2人目の女性営業として多くのお客様に使い勝手の良いキッチンを提案する傍ら、休日には、知人を通じて知り合った師匠のもとで木工のいろはを学んでいました。そんな日々を繰り返すうち、ものづくりに対する情熱はどんどん燃え上がっていき、やがて職人の道を進みたいと思うようになります。安定の道を捨てることにさぞ悩んだのかと思いきや、「好きなことなら、何とかなる気がした」と、あっさり退職を決意。それから師匠のもとに本格的に弟子入りし、本物の木工技術を貪欲に吸収していきました。
そうして独立の準備を着々と進めていた水上さんでしたが、やり残していたことが一つだけありました。語学の習得。特に興味があったのは中国語で、木工修行を一旦休み、語学留学のために北京へと旅立ちました。
「北京の通りには多くの骨董屋さんが軒を連ねていて、きらびやかな彫刻の施された家具が所狭しと並んでいました。これを日本風にアレンジできたら面白いと思い、数々の工房や工場を訪ねては話を聞いて回っていました。そうしているうちに1年だけの留学のつもりが7カ月も延長することに。おかげで中国語はずいぶん身に着きましたね」
日本に帰国後、修行を再開した水上さんは、それから2年後の2005年、「ゆき工房」を立ち上げ、晴れて木工職人としての人生を歩み始めることになります。
お客様と出会えた奇跡に感謝して、
常に100%の気持ちで仕事に臨む
創業当初、それなりの苦労はあったものの、持ち前のポジティブな性格で地道な営業活動を続け、徐々にお客様の信頼を獲得していった水上さん。常に心掛けてきたのは、第一にお客様の要望を最大限叶えること、第二に自分も仕事を思い切り楽しむことでした。
「どんな仕事でも同じだと思いますが、数ある事業者の中からご指名をいただけるのは本当に奇跡的なことです。だからこそ中途半端な仕事はしたくない。常に100%の気持ちで一つ一つの仕事と向き合ってきました。ただ、自分が楽しいと思えなければ、いつかは苦しくなってしまいますよね。その点、好きな仕事と出会うことができた私は、とても幸せ者だと思います」
いつしか仕事は軌道に乗り、活躍の場はさらに広がっていきました。現在では、三郷市教育委員会人権教育推進協議会委員、放課後子ども教室実行委員、みさと凧の会会員、三郷市日中友好会事務局長など、実にさまざまな地域活動に尽力されています。中でも地域の子どもたちにものづくりの楽しさを伝える「木工教室」や「凧作り・凧揚げ講座」などの活動には特に力を注いでいるといいます。
「お店で何でも買えるようになった今、ものづくりの楽しさを知る子は少なくなっているのかもしれません。将来どんな道に進むにしても、私が子どもの頃に感じていたあのワクワクした気持ちを、たくさんの子どもたちに味わってほしいと思っています」
三郷の女性職人は、子どもの頃と変わらないキラキラした瞳でものづくりと向き合っていました。